ラベル の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2019年10月21日月曜日

妊活の終わり

10月の下旬に、不妊治療でお世話になった病院に、凍結胚の廃棄申請と最後のご挨拶に行ってきました。

不妊治療のため、私がこの病院に初めて訪れたのが2014年の秋。あれからはや5年が経ちました。この間に私たち夫婦は顕微授精に挑戦しました。採卵して顕微受精させた胚を凍結し(凍結胚)、この胚を私の体内に戻す方法で、幸いにも2人の子を授かることができました。

凍結胚は合計6個あり、2人を妊娠・出産するにあたり、3個の胚を体内に戻しました。2人目を出産後、残っていた凍結胚は3個ありました。私がお世話になった病院では、凍結胚は1年ごとに凍結を更新するか、廃棄するかを決めなければなりませんでした。更新するには維持管理料が数万かかるので、深く考えずにに凍結を更新し続けることはできませんでした。

-----------------------------------------------------------
私の場合、更新月が2人目の出産月の翌月だったので、産科の先生(不妊治療の病院とは別)にこのことを相談してみました。結論は、先生も看護師さんも助産師さんも、満場一致で「とりあえず更新したほうがいい。」でした。理由は以下のとおりです。言われてみて、確かにそうだなと思いました。

  • 産後すぐは、ホルモンの状態が妊娠出産していないときと大きく異なるので、大きな決断をすると、後になって考えが変わって後悔することがあるから

ということで、ひとまず1年は更新し、1年間でどうするかをゆっくり考えて決めることにしました。なお、結論として、産科の先生方のアドバイスは的確でした。時が過ぎるにつれて、私は多角的な考えができるようになっていき、1年で考えは大きく変わりました。

-----------------------------------------------------------
子育てをしながら、夫と話しながら、私たち夫婦はどうしたいのかを考えていった結果、決断はこの3つに絞られました。
  1. 残った3つの凍結胚を使って、早々に3人目の子どもをもうける
  2. 凍結胚を破棄して、子どもは2人で区切りをつける
  3. 凍結胚を更新し続けて、3-4年後に決断を先送りにする

まず、夫も私も、「3は無い。」という意見で一致しました。理由は以下のとおりです。
  • 私が高齢なので、先送りすればするほど妊娠しない可能性が高く、妊娠したとしても私の身体もしんどい
  • 夫も高齢なので、子どもをもうけるなら早いにこしたことはない

すると、1と2、どちらがにするか決断することになります。そこで、私たちは、1にした場合、2にした場合でそれぞれ思うことを洗い出してみました。話し合う場をもうけると、きちんとした意見にしようとしてしまい、心の深いところの本音に迫れないような気がしたので、場は設けず、ブレインストーミングのように、お互いに普段の生活の中でふと思ったことをメモに書き留めていきました。結果、夫も私も、なんとなく2が現実的だと思っていることが分かりました。ただ、下線を引いた部分で私がひっかかっているので、夫は、なにか腑に落ちるアドバイスができればよいのだけれど、と言っていました。

<1にした場合>
〇夫が思うこと
  • 1度目の出産で私が命を落としそうになった。2度目の出産も心配だった。3度目だから無事であるとは限らないし、無事ではなかったらと思うと、自分は嫌だし、2人の子の将来も不安。
  • この年齢になって子どもが抱けるとは思わなかった。3人いたらうれしいけれど、未知の世界。
〇私が思うこと
  • 2人子どもがいて、こんなにかわいいなら、3人いたらもっと賑やかになる。
  • 出産までずっと、お腹の子に四六時中気を配りつづける生活は大変だった。あれをまた経験するのは、正直ちょっと気が重い…。
  • 仕事に復帰するのがどんどん遅れていく。
  • 夫はあと数年で定年になる。その後も働き続けられるかはわからない。最悪私の経済力だけで生活しなければならなくなったら、3人を育てあげられるのだろうか。自信がない。
  • 今の家は、5人家族で住むには手狭。思い切った生活の転換が必要になる。その勇気が私にあるか。ある気がするけど、生活を回すためだけの仕事をせざるを得なくなったら、私がくすぶってしまって子供に悪影響を与えそう。

<2にした場合>
〇夫が思うこと
  • 子どもが2人なら、父親、母親がそれぞれ1人の子を責任もって保護すればよいので、うまくやっていきやすい気がする。
  • 将来設計がたてやすいのではないか。
  • 私のキャリアアップも応援しやすい。
〇私が思うこと
  • 世の中、少子化と叫ばれているのに、2人で区切りをつけてよいのだろうか…。
  • 体内に戻せば妊娠する可能性が高いものを持っていながら、それを自己都合で廃棄するのは、贅沢で我儘なことではないのだろうか。
  • 凍結胚は、体内に戻せば命になるかもしれないもの。それを自己都合で殺してしまうことになる。いいのだろうか。
  • かといって、3人目出産しても、まだ凍結胚が残っていれば、同じ悩みを繰り返すだけ。
  • 少なくとも妊娠や出産では悩んだり苦しまなくていいのかと思うと、正直なところ、ほっとする。



-----------------------------------------------------------
2019年7月に、私は家族を引き連れ、お世話になった人たちに会いにデンマークに行きました。滞在中、親しくしている3人の女性に、子どもを3人持つことについて聞いてみました。特に親しくしているLさんが言っていた、「家族計画は、最終的には、まずあなた(私のこと)自身を大切にして決めることだと思う。」という意見にはハッとさせられました。世間体や、倫理観や、他人の意見、そういうものに従う前に、自分はどう思うか、何を最も大事にするかをじっくり考えたうえで決断しようと思いました。

Gさん、70代、子ども3人(男・女・男)>
  • 子どもを3人持って、自分のキャリアが思うようにいかなくなったのは事実。→Gさんは元看護師で、学生時代にひとまわり年上の医師だったAさんと結婚し、在学中に子どもができた。子どもを育てていく中で、自身の学業をいったんストップせざるをえなかった。学業を再開しようにも、Aさんの海外赴任への同行や、次の子どもができたりでかなわず…ということがあった。
  • それでもやっぱり振り返ると、総じて、子どもが3人いてよかったと思う。



Gさん、90代、子ども3人(男・男・男)>

  • お手伝いさんがいたから、男の子を3人育てるのはそれほど大変じゃなかった。→うーん、さすがにこれは参考にならない(笑)。でも、このあっけらかんさが、男の子3人の母には必要なのかもしれない…。

<Lさん、50代、子ども2人(男・男)>
  • (「あなたには2人の男の子がいるけれど、もしも私が聞いてもいいことなら、なぜ子どもは2人にしたの?」と聞いてみました。)本当は、子どもは3人ほしかった。3人目も妊娠したけれど、死産だった。→私は、自分の質問の仕方がいかに自分本位だったか知って、Lさんに謝りました。本来「子どもは〇人まで」と決めて実行するのではなくて、「〇人ほしいと思っていて、なんやかんやで結果は〇人」であって、その「なんやかんや」に悲しい背景や人には言いたくない背景もある、ということが、私の中ですっかり抜け落ちてしまっていました。当時、Lさんや家族がどれほど悲しかったかは私には想像がつきません。
  • 家族計画は、最終的には、あなた(私のこと)自身をまず大切にして決めることだと思う。



-----------------------------------------------------------
2019年8月、親友のSちゃんに会いました。Sちゃんも子どもを2人育てています。私は思い切って、3人目の子どもがほしいと思うか、単刀直入に聞いてみました。Sちゃんはズバリ「絶対いらない。」と断言しました(あまりに即答で思わず爆笑)。Sちゃんの意見は、小さなころから私を見ていたからこその的確な意見でした。
  • 知人に子どもが3人(4人だったかもしれない)いる人がいるけれど、その人は、我が強くないというか、流れに任せる感じでとってもおおらか。あの境地でないと3人以上は無理だと私は思った。
  • C(私のこと)は、絶対自分のやりたいことをしたほうがよい。

ここで、私が悩んでいた以下の2つは、世間体や、倫理観や、他人の意見から出てきたものなので、切り捨てていいと思いました。
  • 世の中、少子化と叫ばれているのに、2人で区切りをつけてよいのだろうか…。
  • 体内に戻せば妊娠する可能性が高いものを持っていながら、それを自己都合で廃棄するのは、贅沢で我儘なことではないのだろうか。

あとは、以下の悩みです。結局、腑に落ちないまま1年が経ち、更新月を迎えました。私たち夫婦は、「凍結胚を破棄して、子どもは2人で区切りをつける」とほぼ決断していましたが、以下のことについては、不妊治療でお世話になった病院の先生に意見を聞こうと思いました。
  • 凍結胚は、体内に戻せば命になるかもしれないもの。それを自己都合で殺してしまうことになる。いいのだろうか。

-----------------------------------------------------------
2019年10月21日、凍結胚の破棄を申請する書類を持って、不妊治療でお世話になった病院へ行きました。子どもたちを夫に預け、病院へは私一人で行きました。この病院は一般の婦人科も併設なので、子どもを連れていくことは禁止されていないのですが、かつて不妊治療をしていたころ、私は子連れのお母さんを見ると、どうしてもモヤっとした気持ちが生じて、それで自己嫌悪していました。なので、他の方に、私と同じようなモヤっと自己嫌悪をしてほしくなかったのです。



先生には、「受精卵は廃棄するということで心は決まっているが、お腹に戻せば妊娠成立するかもしれない卵を自己都合で廃棄することに、罪悪感を感じる。」と正直に伝えました。



先生の見解は、実に簡潔かつ科学的で、聞いていた私もストンと腑に落ちました。


  • 女性の体内では月一回のペースで排卵があり、その卵が受精しようともしなくとも、卵の質が妊娠に至らないレベルのものであれば、そのまま消失して、月経によって排出される(いわゆる化学的流産とよばれているもの)。なので、その本来は体内にあるはずの卵が、たまたま私の場合は外に3つ出ているだけで、それが妊娠に至らなかっただけと考えれば、罪悪感を感じる事はない。
  • 実際、受精卵が3つあったら絶対妊娠するかというと、そううまくはいかない。さらに私の場合、妊娠に至りそうなグレードの高い受精卵は、もうすでに使ってしまった(私の子どもになっている)ので、その分妊娠の可能性は低い。

なお、廃棄の方法も聞きました。受精卵は凍結してあるので、それを解凍すれば、人体の外では成長できないものなので、そのまま死んでしまうとのこと。後は医療廃棄物として廃棄するそうです。


ここまで先生に聞いて、私はすがすがしい気持ちで凍結胚の破棄を申請する書類を提出できました。先生方にお礼を言い、病院を後にしました。もうきっとこの病院に来ることはないのだろうなと思うと、周りの景色も少し違って見えました。

私の妊活はこれで終わりましたが、子育てはこれからも続きます。あの時の偶然、あのときの決断がつながっていって、今があります。一つ何かが違えば、子どもはいなかったかもしれないですし、一人目の出産で私の命が終わっていたかもしれないです。至ったこの今を大切にします。

2019年7月11日木曜日

第2の故郷デンマークへ里帰り子連れ渡航2 その9:2019/7/11-12

7月11日

コペンハーゲンのSydhavnenという街で泊まったホテルは、Roskilde滞在時と同様にScandicホテルでした。こちらのホテルは部屋数が多く、ツアー観光客、メッセやカンファレンス参加者向けといった感じでした。朝食の会場も広く、多くの宿泊客で落ち着かない印象でした。11日の朝はそんな落ち着かない中での食事となり、(なんとか私が食べ終わるまで、子どもたちよ騒がないでおくれ!!)と念じながら、私は急いで朝食を口に入れていて、およそ食事と呼べるものではありませんでした。
そんな中、朝食の会場の奥に、子連れ向けの専用席が用意されているのを発見しました。ビュッフェのコーナーを挟んで、一般の席と反対側に子連れ向け席があり、子連れ向け席に近い側のビュッフェコーナーに、子どもが食べられそうなコーンフレークや、柔らかめのパンなどが置いてありました。
ちなみに12日の朝は、朝一番で朝食会場へ行き、子連れ向けの専用席を使用しました。子どもたちも落ち着いて食べられましたし、私も夫も周りを気にしすぎないで済んだので助かりました。さらに、この専用席の奥の部屋は、子どもが走り回って遊んだりお絵かきをしたりできるスペースが用意されていました。


11日の午前中は、市街地で買いたいものハントをしました。Sydhavnen駅からNoerreport駅へ行き、コペンハーゲン中央駅まで歩きながら、リストアップしておいたものをどんどん買っていきました。


RAINSにて。「雨が降ってもくたばらないバックパック」を購入しました。私はこれを日本のオンラインセレクトショップで初めて見つけて一目ぼれしていました。サイズに大と小があったので、いちど試してから買いたいと思っていたのでした。大がいいかなと思っていましたが、実際にしょってみると、小のほうがしっくりきました。試してよかったです。



Rains Store Klareboderne: Klareboderne 4, 1115 København K, Danmark

おもちゃ屋さんにて。ディズニーDVD「白雪姫」のデンマーク語版。私の勉強用。

Illums Bolighusにて。

ローゼンダールのスパイスミルを購入。多分日本で買えるのですが、免税であればこちらで買ったほうが安いのでついでに。

上の子が初めて自分で「これ欲しい!」というので買った「高級な💩のキーホルダー」。夫がいつの間にかカードで買っていました(笑)。私には100均クオリティにしか見えないのですが、なんとセールで50DKK(約850円)。高い…。


この日は快晴の中、おんぶと抱っこで2時間近く歩いたので、予想以上につかれました。ホテルに戻ったら30分くらい全員寝てしまいました。


午後は車で知人のHさん宅へ。大学の研究の関係で、私が1番最初にデンマークに行った時に、1ヵ月間お世話になった方の家です。出会った当時(2001年)は互いに20代でした。18年の間にどちらも40代になり、お互い家族が増え、その構成が変わり、引っ越したり、転職をしたりと大きく変わっていく中でも連絡を取り続け、また会えていることがすごいよねえ、とお互い話していました。



Hさんの娘さんと上の子は、今年の春にHさん一家が日本に旅行に来た時に、一度会っています。お互いのことをかすかに覚えていた様子。すぐに打ち解けていました。

2人がてんこ盛りに貼りまくったシール。

夕方は、ホテルのレストランで食事をしました。
私たちの他にも子連れ家族がいっぱい食事をしていたので、気張らずに食事ができてよかったです。旅の最後に、サンドイッチばかりではない、温かい食事とワインをとることができて、夫も嬉しそうでした。それでもって、私は油断してまたfishを頼んでしまい、巨大カレイを食べたのでした。でもドイツで食べたのよりもこちらの方が断然おいしかったです。さすがStrandby(Sindalに近い、北ユトランドの港町)のカレイは違いますな。それ以前にScandicホテルのご飯はハズレがないと私は思いました。
--------------------
7月12日
朝食をとってパッキングをしたらあっという間に9時半。チェックアウトをして、タクシーでコペンハーゲン空港へ。免税の手続きやら手荷物検査やら受けていたら、もうフライト時刻。のんびりする間もなくヘルシンキへ。


ヘルシンキでは乗り換えまで3時間あると思っていたら、時差の都合で2時間でした。パスポートコントロールを通って、食事を済ませたらあっという間にフライト時刻。
ちょっとぐらいは免税店を見たかったのですが、全くその時間がありませんでした。

帰りの日本行きの機内では、下の子のバシネットを壁にとりつけずに床に置いてもらう方法にしました。バシネットの中で子が動いても落ちることがないので、かえって安心でした。夫と交代で仮眠をとりながら二人の子の世話をしているうちに、あっという間に名古屋に着きました。

上の子は、教えてもいないのにタッチパネルをすいすいと操作していました。

私のモニターは、引き出してみたら瀕死の状態でした(笑)。

とにかく、病気、怪我、トラブルがなく戻って来られて良かったです。
小さい子を連れた旅で大切だと私が思ったのが、次の4点です。
  • 何をするにも、大人の所要時間の1.5〜2倍は時間に余裕を持たせる
  • 金で買える楽は惜しまず買う
  • 疲れたらいつでも休める&トイレに困らない旅程を組む(いつでもホテルに戻れる距離で行動したり、多目的トイレの有無を確かめておく等)
  • 子の都合で日程が変わってしまうのが常なので、どこかで、大人のモヤる気持ちを発散できるものを用意する(現地のビールを買って飲むとか、美味しいものを食べるとか)

最後に、この旅で1番私がびっくりしたことが、(なんとなく、そうなるとは思っていたけれど)、1回も現金を使わなかった事でした。念のため、現地のATMで現金を引き出せるよう手配はしておきましたが、結局、全部カードで済ませてきました。現金しか対応できないと言う理由で諦めたものも特にありませんでした。キャッシュレス化は確実に進んでいるんですね。

大変でしたが、思い切って、会いたい人のところに会いに行けてよかったです。協力してくれた家族に感謝です。総じて後悔なしです。

2019年7月10日水曜日

第2の故郷デンマークへ里帰り子連れ渡航2 その8:2019/7/10

7月10日
朝起きると、LさんFさんはベルギーへ出かけた後でした。
家族4人のひっそりとした朝。パッキングもなんとか終わり、任されていた鍵かけとゴミ出しも終え、9時に家を出ました。ああ、楽しかった。本当にお世話になりました。

駅に向かう途中で、町のパン屋”Ingeborg”でrugbrød(ライ麦黒パン)を一斤購入。私はドイツやデンマークの一般的な黒パンの酸っぱさが苦手なのですが、Ingeborgの黒パンは買って帰ってでも食べたいほど、クセがなくて美味しいのです。1斤30DKK(約550円)。

切符はあらかじめ、デンマーク国鉄(DSB)
のアプリからクレジットカードで買っておきました。以前は駅の券売機で、乗る直前に買わないといけなかったのですが、子連れだと思わぬトラブルで予想外の時間をとられることがある&そもそも券売機が壊れていたりするので、このシステムは心配性の私にはとてもありがたかったです。

切符はスマホのアプリ上に表示されるので、印刷は不要です。乗る時刻になると自動的に切符が有効になります。このスクリーンショットを撮ったのは乗車した翌日なので、"Expired"の表示が出ています。列車に乗るときに改札はありませんが、車掌さんがきたらこの画面を見せます。バスは運転手にこの画面を見せればOKです。

ちなみにスクリーンショットをとると、自動的に「スクリーンショットは切符として使えません」と出てきます。こういう配慮はスマートですね。

列車に乗るまで駅のホームを走り回る上の子。またみんなでここに来られるといいね。

列車に乗ってしばらくして、隣の駅で停車。いつまでも発車しないなあと待っていたら、なんと、列車をここで一部切り離すと知り、あわてて前のほうの車両に移りました。教えてくれたおじさん、どうもありがとうございました。

列車は順調に進み、Lindholm駅で下車。バス待ち合わせの隙間時間に、下の子に離乳食を食べさせ、バスに乗りかえて先ずAalborg空港へ。チェックインを済ませ、バゲージドロップで大きな荷物を預けて身軽にしました。夫とLさんが昨日作ったサンドイッチを頬張って、再びバスでAalborg大学へ。ちなみに夫は、4月から私と一緒に「みんなで筋肉体操」を継続したおかげで、荷物と子どもをかかえてもあまり疲労感がなかったとか。筋肉は裏切らない…。


バスの中でトラブル。なんと、子どもたちが二人とも、バスに乗ったとたんに大きい方をしてしまいました。なぜ、なぜ、さっき空港にいるうちにしてくれなかったのか…。バスを降りてもおむつを替えるところはありません。どうにもならないので、周りにはシラを切り倒し、大学に着いたらすぐに身障者用トイレに駆け込みました。ところが、オムツ替え台が付いていませんでした。オストメイト設備まであるのなら、あともう少し頑張って、オムツ替え台もつけてくれたらよいのに(泣)。しょうがないので、便座のフタの上に子を寝かせてオムツ替え。だんだん、夫も私も、この辺りのピンチの切り抜けが上手くなってきました。

大学では、元クラスメイト、お世話になった技師の方とお話ができました。教授も来てくれる予定でしたが、風邪をひいてしまったそうで会えずに残念。上の子は人見知りしてしまい、建物のテラスを夫とひたすら散歩していました。下の子は抱っこされまくりでした。ああ、もう一度、アカデミックな環境に身を置きたい…できるかな…やってしまおうかな…。

バスで空港に戻り、17:50のフライトでコペンハーゲンへ。プロペラ機でわずか45分のフライトでした(2年前はもう少し大きな飛行機だったはず…経費削減??)。こういう短い飛行時間では、飛行機が上昇してすぐ下降するので、子どもたちが大泣きするのではないかと私はヒヤヒヤしていましたが、子どもたちは爆睡していてくれて助かりました。

上の子が空港でいただいた、「飛行機でも退屈しないセット」です。間違い探しや数独など、上の子にはまだ少し早い内容でしたが、公共交通機関ではこういうものを駆使して、子どもをなだめすかして乗り切るのが親の務めですね。




コペンハーゲン空港につき、残りのサンドイッチをほおばり、スタミナをつけてもう少しだけ列車移動。20:30ごろ、Sydhavnenのホテルに到着。移動の多い一日でした。


2019年7月5日金曜日

第2の故郷デンマークへ里帰り子連れ渡航2 その3:2019/7/5

2日間滞在したハンブルクから、コペンハーゲンを経由してロスキレへ、鉄道とフェリーとバスで移動しました。
ハンブルク~Puttgarden~Roedby~コペンハーゲン間の経路は、通称「渡り鳥ライン(ドイツ語:Vogelfluglinie、デンマーク語:Fugleflugtslinien)」とよばれており、ドイツのPuttgardenーデンマークのRoedby間をフェリーで渡ります。その時、電車をフェリーに丸ごとのせます。以前から私が鉄分補給に乗りたいと思っていたルートです。

以前から、渡り鳥ラインは廃止されて海底トンネルに置き換わる、という噂を聞いていたので、今回の旅行の全旅程を決める前に、まだこの路線は存続しているのか、フェリーは運航しているのかをインターネットで調べました。もしもう存続していなかったら、ハンブルクではなく別の都市に滞在してからデンマーク入りするつもりでした。ドイツ国鉄のホームページで、渡り鳥ラインの切符が買えることが分かり、予定通り乗ることに。切符は予め、ドイツ国鉄のホームページでオンライン購入しました。

ところが。出発間近になってもう一度チケットの詳細を見返したところ、デンマーク側のRoedby~コペンハーゲン間が、なんとバス代行になっていたのです。これは盲点でした。海底トンネルへの置き換え工事が進んで、もうデンマーク側の鉄道路線は停止していました。これは盲点でした。しかしもう鉄道をキャンセルしたところで、ハンブルグ行きを変更することはできません。懸念されるのは子ども達のトイレ事情とぐずってしまうことでしたが、「昼寝の時間と重なるからきっと大丈夫!なるようになる!」と、そのまま強行しました。バス代行に気づいていれば、たぶんザルツブルグかプラハあたりを観光して、飛行機でデンマークに向かうルートにしただろうなあ…。

さて、問題の当日。いつものように早朝に朝食を済ませ、8:50にホテルをチェックアウト。余裕をもって駅のホームに到着しました。ハンブルグ、大きい街くらいの印象しか持っていませんでしたが、なんやかんや楽しかったなあ…。


9:21にハンブルク中央駅を出発しました。車両は見慣れたデンマーク国鉄のものです。どうでもいいですが、この列車を見ると、私はペヤング焼きそばを思い出します。列車は4人コンパートメントになっており、私たちはコンパートメント丸ごとひとつ(4席分)を予約しておきました。これで他のお客さんと相席にならず、気兼ねしないで済みました。コンパートメントに机もあるので、子どもに食事をとらせることも楽にできました。

ドイツ側の最終駅であるPuttgarden駅で、車掌がドイツ国鉄の方からデンマーク国鉄の方に交代しました。この駅を過ぎると、線路の先にフェリーの車両庫があり、列車がフェリーにドドーンと入りました。

列車がフェリーにドドーンと入ると、列車の乗客は降りてフェリーのデッキに移動します。大きな荷物は列車内に置いていきます。列車は消灯、鍵がかけられるので、必ず降りないといけません。

デッキに上がるとこんな感じです。 デッキへの入り口は複数あります。後で列車に戻るときに迷わないように、どの入り口から入ったかを覚えておく必要があります。


船の中で食事もできます。
国をまたぐので、ちゃんと免税店もあります。

フェリーは約45分間の航行でした。外を見ながらのんびりしている人が多かったです。

フェリーがデンマーク側に着く直前にアナウンスがあり、その時に列車に戻りました。フェリーが接岸してほどなく、列車はフェリーから線路に出て、デンマーク国境のRødby駅に到着しました。ちなみに、車掌は乗客が列車に戻ったかどうかをいちいち確認していなかったので、戻りそびれたらフェリーに置きざりだと思われます。

列車がフェリーから出ていく様子。車と一緒にフェリーを出ていくという不思議な光景でした。動画の最後に、乗り換える大型バスが見えます。

さて、本来はRødbyから先も列車で快適にコペンハーゲンまで向かうはずなのですが、残念ながらデンマーク側はバスに乗り換えでした。駅を出るときに係員にパスポートを見せ、3台あるバスに適宜乗り込みました。大きな荷物も自分でバスの下の荷台に積み込まないといけません。全員乗ったか、だれがどこに乗っているか等は一切把握しないまま出発したので、複数人で乗る場合は離れ離れにならないようにうまく空いている席を見つけないといけませんでした。幸い、私たちは最後部のシートに座れ、子ども達が横になることができました。

バスはコペンハーゲンまで途中休憩なしで2時間近く走りました。私が最も懸念していたのは、バスの中で子供たちが大きい方をしてしまったらどうしようということでした。幸い、上の子はホテルを出る前に、下の子はギリギリでフェリーの上で済ませてくれて、バスの中ではふたりともがっつり寝てくれたのでホッとしました。列車の切符をオンラインで買ってから、まさかのバス代替部分があると気づき、子連れとしては一番マズい旅程を組んでしまったと青ざめました。今回は事なきを得ましたが、気をつけたいポイントです。

14:40ごろ、バスはコペンハーゲン中央駅の真ん前に到着しました。中央駅から離れたところで降ろされると思っていたので、これはラッキーでした。

中央駅のセブンイレブンで昼食のサンドイッチを買い、ロスキレへ向かう列車に乗りました。車内は乗客で満員。よく見るとおおくの乗客の腕に、ロスキレフェスティバルのアームバンドがありました。

15:30ごろ、ロスキレ駅に到着。降車時に夫が無理をして、子どもをおんぶしたまま一人でスーツケースを下ろそうとして、バランスを崩して危うくタラップを転げ落ちてけがをするところでした。たくさんの乗客に「大丈夫?!OKか?!」と心配されていました。ああ私が降車前に、周りの人に一言、「夫の荷物を下ろすのを手伝って。」と言えばよかった。デンマークの皆さんは察しはきかないけれど、はっきりと口に出して頼めば、たいがいのことは気さくに助けてくれるのを忘れていました。とにかくけががなくてよかったです。
駅に着いたらあともう少し!重い荷物と子供たちを抱えてえっちらほっちら歩いて、道に迷って民家で道を聞きながらも、なんとかホテルに到着。1日おつかれさまでした。
荷物を置いたら近所のスーパーへ。さっそくデンマークの定番ビールを手に入れて乾杯。デンマーク入国の日が、こんなにも明るい夏の日でうれしかったです。

2019年7月3日水曜日

第2の故郷デンマークへ里帰り子連れ渡航2 その2:2019/7/3~4

7月3日&4日

子どもたちは時差ボケのせいか、夜中に2回、お腹がすいたと泣いて起きました。私も空腹が限界に達し、両日とも5時前に起きてしまいました。

さて、泊まった駅のまん前のNOVUMホテル。バスルームの備品が、壁付け全身用ソープ(髪も洗える)、ドライヤー、コップ、タオル、トイレットペーパー以外、何もありませんでした。なので洗面台に物がなくてすっきり。私達は自身のものを使うつもりだったので、お湯が沸かせないこと以外は何ら不便はなく、むしろ私のように物が多すぎると混乱して忘れ物をしがちな人には使い勝手がよかったです。そしてやたら天井も高く、壁もドアも重厚で、子どもが泣いたくらいでは音が漏れなさそうで安心でした。


朝ごはんはビュッフェ式でした。小ぢんまりした食事会場でしたが、パン、ハム、チーズ、野菜類、オムレツ、シリアル類、コーヒー紅茶とジュース類など一通りそろっていて、何かしらは好きな朝食が見つかる感じでした。6:30からオープンしていたので、私たちは6:30に朝食会場へ行き、客が少ないうちに子どもたちの食事を済ませ、夫と私が交代で子どもたちをみながら食事を済ませました。上の子(2歳10か月)は、ビュッフェから食べられそうなものを食べさせました。下の子(0歳10か月)は、持ち込んだ粉ミルクをお湯で溶いたものとビュッフェのコーンフレークを混ぜ、ふやかして食べさせました。子ども用の椅子も借りられました。上の子は飽きてしまって長い時間は座っていられないので、先に食事を終えた夫が、上の子を連れて部屋に戻ったり廊下を散歩させたりしている間に、私が下の子を気にかけつつ食事をするパターンが、いちばん私たちに合っていたようです。4人とも食事を終えるのに1時間強かかりました。

7月3日と4日は、ハンブルクを観光しました。旅行出発前に観光プランを立てるにあたり、子どもを連れていることを考慮して、次の4つを守ることにしました。
  • 午前中に1か所観光→ホテルに戻って休憩→午後に1か所観光→17時ごろまでにはホテルに戻る
  • 多目的トイレに容易にアクセスできる場所を選ぶ
  • 歩く時間を極力減らす(子どもは2人とも、おんぶかだっこで連れていくため)
  • できるだけ、子どもメインで大人も楽しめそうな観光施設を選ぶ

移動手段はほとんど列車になるので、私たちは観光者向けの「ハンブルクカード」を買いました。大人2名、2日間有効のもので計4,900円ほどでした。これで列車が乗り放題になり、いろいろな観光施設で少しづつ割引が得られました。私たちの場合は観光する場所が少ないので、買ってもトントンか損かもしれない計算でしたが、子どもと荷物で手がふさがっているときに列車の切符をいちいち買うのは大変なため、ハンブルクカードは大変便利でした。

実際の観光は以下のような感じになりました。かなり休憩を入れ、徒歩移動を制限したつもりでしたが、どうしても街で気になったものをついつい歩いて見に行ってしまったので、おんぶや抱っこに子どもの荷物をぶら下げ続けた身体はクタクタになりました。かといって、ベビーカーを持って行ったとしても、気まぐれに歩きたがる上の子がおとなしく乗ったとは思えず…。とりあえず、普段から筋トレしていてよかったです…。

<7月3日>
【AM】 
 駅周辺を散策、観光案内所やスーパー、5日に乗る列車のホーム等を確認
 ホテルで休憩
 列車移動
 クルーズツアー(1時間半)
【PM】
 駅前スーパーで昼食調達
 ホテルの部屋で昼食、休憩
 列車移動
 ハンブルク市庁舎を散策
 市庁舎周辺~アルスター湖を散策
 駅前スーパーで夕食調達
 ホテルの部屋で夕食

<7月4日>
【AM】
 列車移動
 ミニチュア・ワンダーランド
 ミニチュア・ワンダーランド内で昼食
【PM】
 列車移動
 市庁舎前広場から観光周遊バス乗車(1時間)
 ニベアハウスでお買い物
 列車移動
 ホテルの部屋で休憩
 夫と子どもはホテルで休憩、私だけハンブルク美術館へ(1時間)
 ホテル近くのレストランで夕食

 ハンブルク中央駅。

クルーズツアーでは、タンカーのすぐ下を船で移動し、なかなかの迫力でした。

港のタンカー周辺を巡った後は、運河の中も案内してくれて、充実の1時間半でした。
子どもたちは乗船中に昼寝をしていました。 


 3日の昼食。写真左上はドイツの地ビール。右下は甘クドさが満載のチョコプリン。

ハンブルク市庁舎の中庭。

調子に乗って買ったレダラッハの量り売り板チョコ。それにしても本当に、ドイツは英語が通じるようになったと感じます。20年前に旅行した時とえらい違いでした。

4日目の早朝に訪れたミニチュアワンダーランド。夏休みシーズンは混むので、ネットで事前予約の上、午前中に行くのがおすすめです。空いていてミニチュアの細かいところまでゆっくり 観察できます。

子ども向けの施設と思って行ったら、むしろ大人のほうがハマってしまいました。圧倒的な細かさで再現された世界の各都市を見ることができます。


ハンブルクの街並みも再現されています。

 多くの観光客が見とれていた、飛行場のミニチュア。ちゃんと飛行機が離着陸します。

ミニチュアワンダーランド内で昼食。11時前だったのでサンドイッチとパンメニューのみでしたが、 これでも私達には十分な量でした。11時以降はパスタなどの温かいメニューが加わります。大学のキャンティーンみたいな感じで、トレイに自分の好きなものをとって最後にお会計、というシステムでした。真ん中の黄色い物体は、激甘激クドいプリン。

観光バス。 大人はちょうど座って休みたかったので助かりました。子どもたちも景色を見ているうちに寝てしまいました。運河、歓楽街レーパーバーン、ウォーターフロント開発地区、アルスター湖周辺の高級住宅街など、ハンブルクの街の概要をぐるっと回って知ることができました。歴史ある大きな街には、思いっきり違うタイプの地区が同時に存在するのでとても興味深いです。
私は今まで、この手の観光バスに乗ることに疑問を持っていて、自分の足で歩いてみて街のスケール感を把握するのが乙だと思っていました。しかしこの観光バスシステムは、おんぶと抱っこのしすぎで疲れきった子連れ親には非常に優しいのだと身をもって知りました。自分で歩かなくても勝手にいろんなところを回ってくれて、その間に子供は昼寝できるのです。こんな便利な手段を使わないでどうすると思いました。

ニベアハウス。ニベアはハンブルクが総本山です。ここでお土産を買ったら、ニベアのロゴ入りバスタオルをもらってしまいました。ほしいけど、荷物が増える…。

アルスター湖畔にたたずむ人々。

ハンブルク美術館。子どもを夫に預けて行ったので、1時間で速足でサクッと回って見ましたが、それでも見に行ってよかったです。とにかく展示が多いので、本当は半日くらいかけてじっくり見ていたい美術館でした。


私が何となく気に入った絵。こどものほっぺは時代を超えて「クレヨンしんちゃん」のようにぷっくりなんだなあ…と思った次第。

夜はホテルの1階にあるレストランへ。夫はドイツの定番のソーセージが食べたかったのに、ここはシーフードレストランでした。おなかが空いていても、きちんと調べて入るべきでした。食事場所についても、旅行出発前にいくつかピックアップしておくべきでした。それ以前に夫と私で意見のすり合わせをしておくべきでした。私はてっきり、夜は全部スーパーで買って済ませると思っていたのですが、夫は1日くらいはレストランでちゃんと食事したい派だったのです。お互いそれが当たり前と思っているから、意見を合わせる時間を設ける発想すらなかったです。反省点です。

でも気を取り直してビールは飲む。ノンアルコールですが。

メニューにある「北海のシーフード」という言葉にわずかばかりのときめきを感じた私は馬鹿野郎でした。「北海のシーフード」。そう、それは大雑把に揚げ焼きにした巨大カレイのことでしたね。北海の近くに4年も住んでたくせして、そんな基本も忘れてしまっていたなんて(遠い目)。ああどこまでも大味のカレイ。煮付けにしたら美味しいのにと思ってしまう日本人の私がいました。