2012年7月4日水曜日

崖で愛を叫んだのち参戦するロスキレフェスティバル(Roskilde Festival)2012 5日目

5日目 2012年7月4日 シンダイル(Sindal)→ビンスレヴ(Bindslev)→シンダイル

5日目は、私がデンマーク滞在期間中のほとんどを過ごし、生活の基盤を置いた町、シンダイルとビンスレヴへ。

ちなみに、今、デンマークのどのあたりにいるかといいますと、このA地点です。私はデンマークの北のはてを拠点に、デンマークで4年3ヶ月過ごしていました。


前日、Aさんに車で送ってもらった場所は、シンダイルでお世話になったM家でした。シンダイルの町医者だったM家のお父さんと、看護師だったお母さんは、かつて赤十字の関係で諸外国で診療した経験もあり、外国人に対しての田舎特有の行き過ぎた閉鎖性もなく、私のつたないデンマーク語と英語で伝える日本の話をとても熱心に聞いて下さった人たちです。新聞やニュースを見て、私がどうにも理解できないことを、そのバックグラウンドから丁寧に教えてくださり、その上で私が持った意見や疑問についても、熱心に付き合ってくださった人たちです。

そんなM家のお父さんの車で、まずは銀行へ。デンマークに置きっぱなしにしていた口座を解約しました。2011年度のデンマークの確定申告も終わって、私の口座の入出金はなくなりましたし、私がデンマークに住むことはおそらくもうないので、思い切って口座を解約して、微々たる有り金をパーッと使ってきてしまおうと考えたのです。預けていたお金が現金になって戻ってきたとき、少し寂しかったですけれど。

銀行の近くにあるシンダイル駅。私はここから毎日オールボーまで片道1時間、電車に揺られて大学へ通いました。コペンハーゲンに行くときも、日本への一時帰国で空港に向かうときも、みんなここから(コペンハーゲンまでは片道6時間かかります・・・)。駅舎は現在、テナントとして売りに出されていますが、昔は駅の窓口が入っていました。私がまだデンマーク語があまり話せなかった頃、初めて列車の回数券を買うのに、ドキドキしながらこの駅舎に入り、なんとかして買えたとき、うれしすぎて泣いてしまったことを思い出します。


いったんM家にもどり、洗濯機を借りました。風になびくドアラがまぶしい。
しかしですね、M家の向こう側には畑が広がっていて、ときどき「肥」の香りが漂ってくるのですね。そして、洗濯物にもほんのり「肥」の香りがつくのですね。洗ったのか何なのか、よくわかんなくなってしまうのですね。北ユランの宿命と思って諦めていますが。


午後は、自転車で9km北にある、ビンスレヴ(Bindslev)に出発。自転車は、もともと私の愛車だったものを、M家に買い取ってもらったもの(自転車はデンマークでは高級品なのです。高い代わりに、とても丈夫。)。ひさびさの愛車で、ひさびさのサイクリングルートをこぎます。


サイクリングロードには、にくきトンネルがあります。ある日、トンネルに入る下り坂に氷が張っていて、私がその氷の上を自転車で滑ってしまい、転んで歯を3本折り、頭を打ち、手首を捻挫したトンネルです。その後、なぜか英語の通じない歯医者にかかることになり、私のデンマーク語力を猛烈にあげた、にくみきれないトンネルです。転ばないように、そーっとくぐります。


ちょうどティータイムに、ビンスレヴのN家に到着。N家は、私がビンスレヴ国民学校(公立の小・中学校)でインターンをしていたときにお世話になったホストファミリーです。当時小学2年生と6年生だった子どもたちは、もう中学生と高校生になっていました。


N家の裏庭には川が流れており、夏はここをカヌーがどんどん通っていきます。怪我をしたときは、ここの風景に助けられました。あのときはN家の皆さんも、いい意味で放っておいてくれました。


N家はかなり農業にウェイトを置いた兼業農家で、羊、にわとり、ミンクなど、いろいろな動物を飼っていました。タマゴもここから直接とってきて、料理に使っていました。


畑もやっていて、イチゴやマメ類の収穫は、学校の子ども達の夏のアルバイトになっていました。私もマメの収穫に参加しましたが、完全出来高制なのでなかなか厳しかったです。「収穫するかどうかを目で確かめると作業が遅くなる、手の感触で確かめなさい。」なんて言われて。


そういえば、語学学校では習うことはないであろう雑草のデンマーク語名や、「雑草を抜く」という単語や、「牛」という単語でも、「子牛」と「妊娠前の牝牛」と「妊娠後の牝牛」と「雄牛」にはそれぞれ違う単語があるということを教えてもらったのも、N家のみなさんだったなあ・・・。


N家のお父さん、お母さんと、昔うまく話せなかった分を取り戻すように、たくさんの話をしました。私がデンマークを去ってから、N家にはどんな出来事があって、今はそれぞれがどんな仕事をしていて、自家用風車の調子はどうで、息子達はどうしていて、私は今何をしていて、日本は今どうなっていて...と、話がつきませんでした。もともとN家は、みんな英語があまり得意ではなく、加えて、あまり外の世界に興味がない(外国どころかコペンハーゲンにすら興味がない)という家庭で、家で家族がまとまってうまくやっていればそれで幸せ、という雰囲気の家族でしたから、英語しか話せない(しかも、その英語もしどろもどろ)、はるか東の外国人を受け入れてホームステイさせる事自体、今思えば大冒険だったわけです。初めはお互いがうまくコミュニケーションをとれず、ギクシャクしたことも多々あったのですが、私がデンマーク語を覚えていくたびに、少しずつ深い話ができるようになっていきました。でも、半年のステイでは時間が足りなかったのです。


さて、N家にお別れをして、ビンスレヴの町の中心部へ。ここに、私がデンマークに滞在するきっかけとなった、ビンスレヴ国民学校があります。この日は夏休みだったので誰もいませんでした。ここでゲスト講師としてインターンをした1年間は、私の一生の宝です。


低学年の子どもたちと、休み時間はここでよく遊んでいました。彼らの臆することのないデンマーク語攻撃で、私のデンマーク語は相当鍛え上げられました。どうでもいい話ですが、ゲスト講師時代、日本の文化紹介ということで、雪の結晶の切り絵をみんなでたくさん作って、ここの校舎の窓に貼り付けたら、ルイ・ヴィトンのモノグラムみたいになりました。


さて、そろそろシンダイルへ帰ります。

ほんとうに、なにもありません。贅沢な景色です。


シンダイルのM家に戻って、夕食です。M家のお母さんがつくる夕食で、私がいちばん好きだった、新じゃがとゆでた野菜とビーフソースです。夕食の時間ですが、日が長いので外は昼間のように明るいです。


デンマークのイチゴ。小粒ながら、甘くて美味しい。


ごはんをすませて、庭を散歩しながらのんびり過ごしていたら、隣の家の猫が遊びに来ました。ちなみにこの猫、名前を "Killmouseky"といいます。キルマウスキー。ロシア(っぽい)のネズミ殺し、という意味なんだそうです。そのネーミングセンスに脱帽。


シンダイルの、のんびりした一日がすぎていきます。


2012年7月3日火曜日

崖で愛を叫んだのち参戦するロスキレフェスティバル(Roskilde Festival)2012 4日目

 4日目 2012年7月3日 スタヴァンゲル→オールボー(Aalborg)→シンダイル(Sindal)


ギリギリのお金で過ごしたノルウェー。空港を出る際、所持金は3NOK(45円)になっていました・・・。今日はいよいよ、私が過ごしたデンマークの町へ行く日。そしてやっと、海外出金ができない理由の真相を、銀行に聞きにいける日です。

スタヴァンゲルからデンマークのオールボーへ行くには、いったんコペンハーゲンに戻り、そこから乗り換えていきます。コペンハーゲンに向かう飛行機の上で、こんな面白い光景を偶然見ることができました。写真中央にある、オレンジのかたまり、何だか分かりますか?これは、ロスキレフェスティバル(ROSKILDE FESTIVAL)のテント場です。写真をクリックして拡大すると、テントで「ROSKILDE2012」と書かれているのが見えます。私の乗った飛行機は、偶然にも、フェス会場の上空を飛んでいったのでした。


スタヴァンゲルから1時間ほどで、コペンハーゲンに到着。空港で少し時間があったので、ほしいものの値段をチェック。7月はセールシーズンのため、空港の外でセール品を買うほうが安い場合と、空港の免税店で買ったほうが安い場合があるのです。

さて、いよいよオールボーへ(スタヴァンゲル行きよりは大きい飛行機)。オールボーは、私が通っていた大学のある町です。デンマークでは4番目に大きい都市、といっても人口15万人程度です。日本からの観光で、オールボーに行く方は、知り合いでもいない限り稀でしょうが、オールボーへのフライトは面白いです。オールボーにはリムフィヨルドという、大きな川のようなフィヨルドがあり、着陸時にその真横を並行して飛ぶのです。


13:00、オールボー空港着。友人のAさんが待っていてくれました。Aさんの車で、一気に市街地へ。まずは銀行へ直行。受付のおばちゃんに、「私のVISAカード、日本でもノルウェーでも使えなくなっちゃったんですけど、なぜ?」とまくしたてると、おばちゃんは静かに私のカードをチェックし「カードの使いすぎ。」と静かに答えました。

事情はこういうことでした・・・私のVISAカードは、海外でのカード利用に、ショッピング・現金引き出しを合わせた限度額があり、私は6月に、その限度額を超えて利用した(航空券等々を買ったから)。よって、自動的に海外(デンマーク以外)ではカードが使えなくなった。限度額がリセットされるのは毎月1日だが、7月1日は日曜だったので、7月2日に限度額がリセットされた。

事実を知って愕然。「じゃあ、昨日はもうカードが使えたのね?銀行に出向かないともうカードが使えないと思ってて、ノルウェーで所持金だけのジリ貧旅行をしちゃったよ~!」と笑って言うと、オバちゃんが「あーそれは運が悪かった。今日はもう十分使えるから、そこ(向かいのSallingデパート)でも行っていっぱい買い物しなさい。」と慰めてくれました。赤の他人でも、こういうどうでもいいやりとりが普通にあるのが、デンマークの(オールボーの?)おもしろいところです。

気を取り直して、Aさんとショッピング。まずは靴屋のeccoへ。私が狙っていたサンダルを、セール価格で無事にゲット。eccoは日本にもありますが、オシャレな靴は、なぜか日本では販売対象になっていなかったりするのです。続いてギフトショップのbarnneへ行き、これまた私が狙っていた、menuというブランドのワインストッパーを、定価の半額以下でゲット。運がよすぎます。

そのあと、大学の帰りによく立ち寄ったカフェ、"Cafe´ ministeriet"へ。デンマークの夏のドリンクといえば、これ(写真)。Hyldebromstsaftです。Hyldebromstという白い花、レモン、砂糖を一緒に煮出して?作るシロップを、氷水やソーダで割って飲みます。夏はデンマークの多くのカフェにありますし、一般家庭で手作りしたものは格別です。市販品では、写真の"Søbogaard Hyldebromst"が、私のお気に入りです。


ここで、Aさんから「今日はどうやってシンダイル(Sindal)に行くの?」と聞かれたので、「電車。」と答えると、「電車はないよ。」というスゴい答えが返ってきました。これから私が行くシンダイルという町は、オールボーからさらに50km北にいったところにあり、デンマークでも超!!!!!!!田舎です。電車も1時間に1本しかないので、ほとんどクルマ社会で、鉄道路線は私がかつてシンダイルに住んでいた時から赤字でした。私は「ああ~ついにあの路線も廃止になったのか。」と嘆くと、「ちがうちがう、事故。フィヨルドのとこの橋に、船がぶつかって線路が曲がってしまった。いまその修理をしているから、シンダイルに行くバスがオールボーからでてるけど、途中で乗り換えないといけないし、遅れるから不便だよ。」と言うのです。

ちょうどそのとき、夕食を食べる約束をしていた、MさんSさんがカフェに到着。鉄道事故の話を詳しく聞くことができました。話をまとめると、鉄道でシンダイルへ向かうのはたいへん困難であることが分かりました。以下のグダグダな話は、この地図を見ながらですと、分かりやすいです。

フィンランド船籍の船が、船の高さが橋の高さより高いのに、関係局とのコミュニケーションミス(?)で、リムフィヨルドの航行許可を得てしまった。フィヨルドには車用の橋と鉄道用の橋が架かっている。車用は、はね橋のため船が通過できるが、鉄道用の橋は、はね橋ではないため、ぶつかってしまった。ぶつかったとき、たまたま電車は橋を通過した後で、大事故には至らなかった。オールボーから北に行く鉄道路線は、橋の復旧までずっと運休。代替バスを走らせている。車は、前述のはね橋をわたる一般道ルートと、リムフィヨルドの海底トンネルをくぐる高速道路(無料)ルート、この2通りしかない。にもかかわらず、予定していた海底トンネルの工事が、事故の後に予定通りに始まったため、一部の時間帯は、一般道のはね橋でしかリムフィヨルドを渡れない。つまり、はね橋大渋滞。よって、代替バスは遅れる。ちなみにバスが遅れても、オールボーから先の列車は定刻どおりに発車する。

・・・うーん、北ユトランド(このあたりの地方の呼び名)らしい話?

では、どうしたらいいか?ということで、Aさんがひとつ、提案をしてくれました。
「今晩、オールボーでクラシックコンサートがあって、チケットが1枚余っているから、あなたにあげる。コンサートに行くと、帰りは22時ごろになっちゃうけど、私の車でシンダイルlまで送るから。夜なら、高速道路の工事もしていないし。」この話に、私はふたつ返事でのりました。「そのチケット、私の誕生日プレゼントにして!」

Aさんとはいったんここで別れ、MさんSさんと、最近新しくオールボーにできた、タイ料理屋へ。MさんSさんは、私が大学院生をしていたときに、個人的にお世話になった方々ですが、あいかわらずやり取りが面白くて、話を聞いていて本当に飽きません。私がデンマークを去ってからの、その後のオールボーの様子や、家族の話をたくさんしてくれました。私がいなくなっても、こうして時間を作って会ってくださることが、何より私はうれしかったです。

さて、ふたたびコンサート会場へ。クラシックコンサートなのに、トレッキングシューズによれよれのワンピースにピンクのリュックという不釣合いないでたちで、着飾った人たちの中に入っていきますが、仕方ありません。格好はあまり気にしないデンマークでよかったです。

会場まで歩く途中にあった、こぢんまりしたオールボー駅。ここから何度、電車に乗り、大学と家を往復したことでしょうか。何度、「運休」の表示を見て(1時間に1本の列車が運休=次の列車は1時間後)、がっかりしたことでしょうか。


会場で無事にAさんを見つけ、コンサートへ。今日のコンサートは、オールボーの近くにあるReibildという町の「Reibildデンマーク・アメリカ友好協会」発足100周年記念コンサートでした。アメリカ人であり、デンマークで暮らすAさんにとっては、いろいろ思うところがあるのかもしれません。この協会は、デンマークとアメリカの間に最初にできた友好協会だそうです。HPはこちら(デンマーク語)。コンサートの最初に、会場の全員で、H.C.Andersen(童話作家のアンデルセンのこと)作詞、"I Danmark er jeg født(=デンマークで私は生まれた)"を歌いました。本日の曲目は、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界から」。100年前、職を求めてデンマークからアメリカへ移住した人たちにとって、アメリカはまさに「新世界」だったのでしょうか。すごくいいものを聴きました。Aさんありがとう。
(この写真は、演奏が始まる前に、フラッシュなしでこっそり撮っています。)


日が沈んで薄暗くなった高速道路を、Aさんとふたりで「新世界から」をくちずさみながら車をぶっとばし(デンマークの高速道路の法定最高速度は135km/h)、あっというまにシンダイルに到着しました。

2012年7月2日月曜日

崖で愛を叫んだのち参戦するロスキレフェスティバル(Roskilde Festival)2012 3日目

 3日目 2012年7月2日 スタヴァンゲル→プレーケストーレン登山→スタヴァンゲル

誕生日がやってきました。33歳になりました。ノルウェーで唯一のご飯らしいご飯は、ホテル飯のみなので、腹10分目まで食べてやりました。いい歳して、もうちょっと優雅に旅はできないのか?と思うのですが、染み付いてしまった旅のスタイルは、何歳になっても変わらないのかもしれません。

さて、誕生日なので、世界一の絶景とうたわれる、プレーケストーレン(Preikestolen)にいくことにしました。

スタヴァンゲルからプレーケストーレンまでは、まず、タウ(Tau)という対岸の町までフェリーで行きます。フェリー乗り場へ歩いて行くと、フェリーに乗る人が集まっていました。ちなみにこの写真の左端のおじさん、とても登山をするように見えませんが、プレーケストーレンでばっちり出会いました。


8:00出航。フェリーのチケットは、乗船してから買います。プレーケストーレン行きバスの切符とセットになった、往復切符の料金は250ノルウェークローナ(NOK)。現金の場合はNOKのみ有効です。乗船してすぐ、車掌が回ってくるので、直接支払います。カード払いも可能です。その場合は、カード払いの窓口が船内にあるので、そこで支払います。

船内で、二人の日本人の方にお会いしました。ひとりは、前日プレーケストーレンに登頂したけれど、天気が悪かったのでリベンジするNさん、もうひとりは、リトアニアからいらしたKさん。プレーケストーレンへのアクセス情報は事前に手に入りましたが、登山ルートに関しては手に入らなかったので、一度登頂した方がいると安心です。しかし、なんという雲行きのあやしさ。


フェリーの乗船時間は30分ほど。タウ港に到着すると、船をおりてすぐのところにバスが待っています。


9:30プレーケストーレン登山口に到着。登山を始めると、途中にトイレがないので、登山口の横にあるトイレを借りましょう。


ゴールまでは、のんびり歩いて2時間程度、さくさく歩いて1時間半程度かかります。案内板にはスニーカーでOKと書かれていますが、足首をホールドするトレッキングシューズが無難です。平地→急な岩場→平地→急な岩場の繰り返しでゴールに向かうため、膝・足首は痛めやすいです。痛めたら、下山するまで救護所はありません。行動食と水、山用カッパもお忘れなく。傘をさして歩くのは、おススメできません。柵がないので、雨が降っても両手はあけておくべきです。犬をつれての登山はOKです。実際、何匹もの犬に遭遇しました。


登山を開始して最初の平地までは、ゆるい坂道が長く続きます。なにげに、ここがいちばんキツイと私は思います。


途中にはこんな風景が広がっています。この風景がゴールでも見られればいいのですが・・・。


 最初の平地には、このような、まるで尾瀬のようなところもあります。


めざすはあの岩の向こう。


尾瀬のようなところをすぎると、岩だらけになってきます。


こういうところを、ひーこら言いながら登っていきます。ここが、最も長くてきつい岩場です。


最も長くてきつい岩場を登りきると、中間地点です。ここからは平坦なので、ぐっと楽になります。


見晴らしがいいなあ~と思っていたら、あっという間にガスがおしよせ・・・


 まっしろけになってしまいました。ガーン。


まっしろになってしまったら、道が分からなくなりそうですが、このような案内があるので大丈夫です。紛らわしいところは、岩に赤ペンキで「T」の字が書いてあります。(なんで「↑」じゃなくて「T」なんでしょうね?)。


ガスが晴れることを願いながら、ゴールへ向かいます。Nさんいわく、このあたりは登山道の横(この写真の左側)に対岸の景色が見えていて、おまけに柵も何もないので、本当はすごく歩くのが怖いらしいのですが、対岸がガスでまったく見えないので、全然怖くありませんでした。


ゴールが見えてきました。


11:00プレーケストーレンに到着。水面からの高さが600mの一枚岩です。スカイツリー並みの高さです。


真下を見下ろすと、フィヨルド観光船が走っていました。立ったまま見ていると足がすくむので、


こんな感じで、腹ばいになったり、


こんなドラえもんみたいな感じで、座って眺めるのがよろしいかと思います。


NさんKさんと、14:00まで粘って、ガスが晴れるのを待ちましたが、残念ながら晴れませんでした
。この写真が、最も視界がクリアになったときの写真です。


本当は、こんな絶景が見られるんですよ。ああ~悔しい!
https://www.google.com/search?q=%E3%83%97%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%B1%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%AC%E3%83%B3&hl=ja&prmd=imvns&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ei=vgNfULr4JMTwmAXMsYHIAg&ved=0CAoQ_AUoAQ&biw=1280&bih=687


ということで、NさんKさんと、割り切ってアホな写真を撮りあうことに。Xの人が私です。この写真は、Kさんに崖の向かい(お互いの声が届くほど、実は近い)に立ってもらい、私が何度もジャンプして、Kさんにシャッターを何度かきってもらって撮りました。Kさん、素晴らしいシャッターチャンスをモノにしてくださり、ありがとうございました。


後ろ髪を引かれながら下山。岩場を下るのが大変で、下りるほうが上るより30分程よけいに時間がかかります。帰りのバスに乗り遅れないようにしましょう。


途中で、水泳をしている人々を発見。寒くないのかしら?




16:45バス発車。帰りも、バスとフェリーの時間は連動しています。18:30スタヴァンゲル到着。そのまま、カフェで3人で話をしました。3人とも、長期の海外生活を送った経験があるので、お互いの国の事情や、生活のハプニングの話などで盛り上がりました。世界一の絶景は見られませんでしたが、33歳初日、また新しい出会いに感謝です。

2012年7月1日日曜日

崖で愛を叫んだのち参戦するロスキレフェスティバル(Roskilde Festival)2012 2日目


2日目 2012年7月1日 移動 コペンハーゲン→スタヴァンゲル(ノルウェー)

早朝8:10発の飛行機に乗るため、再びIさん、Eさんと共に空港へ。コペンハーゲン空港はターミナルが3つあり、SASの飛行機に乗る場合はターミナル3で専用機械を使って自分でチェックインし、荷物預けの列に並んで荷物を預けたら、あとは手荷物検査を経て免税店コーナーへ、という流れです。空港到着から免税店コーナーへの所要時間は、普段は30分もあれば余裕なのですが、今回は違いました。今日は7月1日。夏休みのバカンスで、大勢のデンマーク人やスウェーデン人が、自国脱出のために朝から空港に集結していたのでした。荷物預けの列が隣のターミナル2に届いてしまうほどの長さ。こんな長蛇の列は、頻繁にコペンハーゲン空港を利用するIさんも見たことがないそうで、(こ、これは、飛行機に乗り遅れるんじゃ・・・。)と3人で焦りました。が、しかし、荷物を預けるだけなので列は思ったよりもスムーズに進み、30分くらい列に並ぶだけですみました(人口の少ないデンマークで、何かのために30分も待つということ自体が、かなり珍しいのですが)。IさんEさんとは、ロスキレフェスティバルで再び落ち合うことを約束して、ダッシュで手荷物検査へ。

手荷物検査を無事にくぐり、ゲートはどこじゃ?と案内を見て愕然。出発ゲートはターミナル1でした。ターミナル3から1までは、1.5km以上あります。Syltetoejsglas32歳、まだまだ走れました。動く歩道(写真)も走りました。ゲートに着いたらもう皆さん搭乗しはじめていました。なんか今回は、致命的ではないものの、トラブルが多いです。


これが、スタヴァンゲル行きの飛行機です。ちっちゃいです。ちなみに私はこのとき、息が切れ切れです。


とういうことで、飛行機は定刻どおりに出発。9:20にノルウェー・スタヴァンゲル空港に到着。さて、日本で使えなくなった私のデンマークのクレジットカードですが、昨日コペンハーゲンでは使えるようになっていたので、ノルウェーでは余裕で使えるだろう、と思ってお金を引き出そうとしたら・・・ガーン。使えませんでした。何で使えないのかと、銀行に電話しようとしたら・・・今日は日曜で誰も電話に出ないのでした。さて、困った。日本のカードでノルウェークローネ(NOK)を引き出してもいいのですが、旅の目的のひとつが、デンマーククローネ(DKK)を使い切ってくることなので、それは避けたい。幸い、デンマーククローネは現金で2000DKK(約35000円)ほどありました。これがどこかで両替できれば・・・と空港をウロウロしていると、日曜でも窓口業務を行う銀行がありました。ただし、日曜の開店時刻は11:00。ということで、1時間ほど余裕ができてしまったので、ひたすら出国する人間の観察をしていました。むやみに動くとおなかが減るので。その後、無事にノルウェークローネに両替したものの、これで空港までの往復の交通費、ホテル代、食べ物代をやりくりしないといけないため、食費をかなり節約することに。なんか今回は、致命的ではないものの、トラブルが多いです。

スタヴァンゲル空港から市街地まではバスが出ています。片道100NOKですが、往復だと150NOKなので、往復を買うほうが得です。切符はバスの運転手から直接買います。

市街地に着いた後は、いよいよ翌日のプレーケストーレンへ向かうための情報収集へ。フェリー乗り場のお姉さんが丁寧に教えてくれました。タウ(Tau)までフェリーで行けば、プレーケストーレン登山口までいくバスが待っていると。ただし、タウ行きフェリーと連動しているバスは1日8本(往路4本、復路4本)で、ダイヤが頻繁に変わるのか、もらった時刻表はA4に印刷された簡易的なものでした。スタヴァンゲルからプレーケストーレンに行かれる方は、フェリー乗り場での事前時刻確認をおすすめします。チケットは乗るときに船内で買います(カード可)、バスのチケットとセットの往復で250NOK。フェリー売り場での予約購入はできません。

さて、そのお姉さんが、「せっかくスタヴァンゲルに来たのならぜひ行ってみて!」というおススメスポットに出かけてみました。旧市街です。

旧市街へ歩いていく途中にある港には、こんなに大きい客船が。


客船のお客さんが、船の一時停泊中に、これらのカフェに吸い込まれていきました。


客船のお客さんの一部はここまで足を運んでいました。お姉さんに勧められた、スタヴァンゲル旧市街です。小さな家がずうっと続いています。ドアも窓もとても小さい。ノルウェー人も昔は小さかったんですね。ちなみに、旧市街の家々は、今も住んでいる方がいます。うーん、毎日観光客が外を通っていて、落ち着いて暮らせるのかしら・・・。


旧市街の家並の間から、停泊中の客船が見えます。まるでビルみたい。相当大きい船です。


こんにちは。


旧市街を抜けて、町の中心部を通って、日曜も開いているスーパーを探したのですが、見つからず(原則、日曜はカフェやキオスク以外の店はお休み。デンマークには日曜も開いているスーパーがけっこうある)。仕方がないので、ホテルの近くのキオスクで、りんごとチョコレートと牛乳を買いこみました。今日の夕食、明日の昼食と夕食です。世界一物価が高いノルウェーで、貧乏旅行者がある程度栄養バランスを考慮しつつカロリーを摂取するには、私はりんごとチョコレートと牛乳がいちばん妥当ではないかと思います。いいのです。ノルウェーもデンマークも、中途半端な価格の外食は、たいていまずいのです。本当に美味しいものにありつきたければ、1回1000NOKは払わないと。

15:00頃、ホテルに戻りました。ヨーロッパ陸上選手権女子ハンマー投げの逞しいお姉さんたちを見ているうちに、寝ていたようです。起きたら22:00。でも、窓の外は15:00のときと大差ない明るさ。

.明日はいよいよ、プレーケストーレン登頂です。そして、さようなら32歳。