2015年7月10日金曜日

祖父も一緒に能登旅行2015(1日目)

祖父や私の夫のゆかりの地である能登へ、昨年に引き続き今年も行ってきました。

能登には祖父の兄と妹が住んでいます。祖父は矍鑠としていて、いまでも生活のほとんどを一人でこなしていますが、90歳ということもあり、さすがに一人で旅行をするのは本人も家族も自信がありませんでした。一方、私の夫は若い頃、職場の取引先が能登にあり、頻繁に訪れていた過去がありました。以前からずっと、能登へしっかりと旅行したいという思いがあったそうです。そういうわけで、お盆シーズンに合わせ、祖父が兄と妹を訪問し墓参りをするのに合わせて、祖父と夫と私の3人で能登に初めて行ったのが2014年7月。夫も私も、今年もまた能登に行きたくなってしまったので、祖父を誘って昨年と同じ時期にもう一度、能登へ行くことにしました。

<旅の行程>
7月10日
  8:00 名古屋から特急しらさぎ号で金沢へ
12:00 金沢着 レンタカーで羽咋へ
  ~途中、千里浜なぎさドライブウェイを初運転~
12:40 羽咋着、祖父の妹をピックアップ
 ~ランチ~
14:00 気多大社(けたたいしゃ)参観
14:30 妙成寺(みょうじょうじ)参観、ソフトクリーム休憩
16:00 墓参り
17:00 七尾着、夕食買い出し
18:00 祖父の兄宅到着
 ~飲み会~
21:00 夫と私はホテルへ移動


千里浜なぎさドライブウェイ。今から30年ほど前、私が小学1年生のとき、家族で能登に行ったときに車で走った記憶がありますが、そのときよりも海岸と海の距離が近くなったと感じるのは気のせいでしょうか。まさか自分が運転して走る日が来るとは。それにしても良い天気。


羽咋で祖父の妹(わたしの大叔母)をピックアップ後、近くでランチ。祖父も大叔母も昼間からビールを注文(笑)元気な老人・・・。


能登国一宮である気多大社。昨年行った時に購入したお守りを返し、今回は子宝守りを買いました。


妙成寺の正門と五重塔。妙成寺の境内はとても広く、国重要文化財が10棟もあります。いずれも木造で塗装は無いので華美さはないのですが、重厚なつくりで見ごたえがあります。階段と坂道が多いので、祖父と大叔母には無理して一緒に行かなくてもいいよとは言いましたが、祖父が大叔母の手を引いてゆっくり周っていました。いくつになっても妹思いなのですね。
 


いい感じの狛犬さん。


境内を出たところの甘味処で休憩。祖父と大叔母はソフトクリームをなんだかはずかしそうに、でもおいしそうに食べていました(笑)。
 
 
このあと、志賀町にあるお墓に行き、祖父の父母(私の曽祖父母)の墓参りをし、七尾市内へ向かいました。祖父と大叔母は祖父の兄(私の大叔父)宅に泊まるため、食事の買い出しをすべくイトーヨーカドーへ。夫と私もこの日の晩だけお相伴にあずかることにしました。3人とも高齢者なのに、肉、ビールと買いまくり。元気の源はここにあるのでしょうか。それに、なかなか兄弟3人がそろうことはなく、次はいつ会えるとも分からないですから、会えるのがうれしいのでしょうね。
 
一日運転をしてくれた夫に感謝。翌日へ続きます。

追記
この旅行をしておよそ1年半後、祖父のお兄さんが亡くなりました。祖父は大変気を落としていましたが、それでも、このときの旅行で会いに行けて本当によかったと言っていました。

2015年7月9日木曜日

本日のいけばな

生花新風体
パイナップルリリー、ガーベラ等

パイナップルリリー。不思議な外見です。初めてみました。確かにパイナップルに似ています。


後ろに添える葉物で、雰囲気が変わります。



正花なので、水際は真っ直ぐすっきりと。

2015年6月28日日曜日

梅酒2015

今年も梅酒を作りました。
南高梅:1kg
氷砂糖:0.5kg
果実酒用ブランデー:1.8リットル


写真左が、今年作った梅酒。
ブランデーで作るのは初めてなので、どんな味になるのか楽しみです。

真ん中は、2014年に、余っていた泡盛と黒糖で適当に作った梅酒。見た目はひどく濁っていますが、飲んでみると適当に作った割には、なかなか美味です。

右は、2013年に、デンマークのじゃがいも焼酎" Aalborg Akvavit"で作った梅酒。1年でなんとか飲めるだろうかと思いきや、Akvavitと梅がかなり喧嘩して、Akvavitの喉が焼けるような感じがそのまま残っており、梅酒としては飲めませんでした。2年目で、だいぶ尖った感じは取れてきましたが、まろやかな感じになるにはあと2〜 3年必要なのではないかと思います。


2015年6月10日水曜日

本日のいけばな

生花生風体
シャクヤク

これは先生に直していただいた後の写真です。
初めて「くばり」で活けたので、わたしは花を5本とも立たせるだけで精一杯でした。


「くばり」とは、Y字の木の枝のまたに、活ける花の茎を前から順番に差し込んで活ける方法です。剣山の無いところではこの方法で活けられます・・・が、茎を全て立たせるだけでわたしは四苦八苦でした。花の向きなどそっちのけで、立っただけで大喜びでした(笑)。


横から見るとこんな感じです。5本の茎が一直線になっていて、水際が剣山よりもきれいです。ああ、こんなにビシッと活けられるようになりたい。


シャクヤクは初夏の代表的な花。そして私の結婚式でも、ブーケやブートニア、卓の飾り花にとふんだんに使わせていただいた、思い出の花です。いけばなの練習後、花瓶に挿しておいたところ、こんなに大きく花が開きました。





2015年6月3日水曜日

白根大凧合戦

新潟県の無形民俗文化財でもある、新潟市の「白根大凧合戦」を見物する機会に恵まれました。

私が白根大凧合戦のことを知ったのは2009年、私がデンマークに住んでいたときのことでした。当時住んでいた自治体の文化関連のイベントで、日本の伝統文化を体験したり、工芸品を購入するマーケットが開かれたことがありました。日本全国から、飴細工や木工、竹細工などの職人さんがいらしたのですが、その中に、新潟の白根で大凧を作っているEさんがいらっしゃいました。Eさんの作った大凧に興味を持つ人は多く、その後Eさんは単独で自治体の小中学校や公立図書館に招かれ、大凧を児童と一緒にあげる授業や、凧作りのワークショップが行われました。私が簡単な通訳(当時、私が住んでいた地域には、デンマーク語が分かる日本人が私しかいなかったのです。)としてこのワークショップを手伝ったのが、Eさんと私のご縁の始まりでした。

当時のワークショップの様子です。

 
 

大人が大の字に両手両足を広げても届かないくらいの巨大な凧をあげ、しかもその凧同士をぶつけて競い合う「白根大凧合戦」を新潟でやっているとEさんからきいて、私はワクワクしました。Eさんとはその後も年賀状やメールのやり取りが続き、いつか私も、本場の大凧合戦を見てみたいと思っていました。

私がデンマークから帰国して4年がたち、ちょうど大凧合戦の開催期間に新潟にいける機会が訪れました。さっそくEさんに連絡を取り、新潟へ向かいました。

当日は子どもたちがあげる大凧の合戦の日でしたが、天候はあいにくのにわか雨でした。風も不規則で、なかなか凧がうまくあがらない組もありましたが、凧があがったときには迫力の合戦が繰り広げられました。合戦は、各組が川の両岸から凧をあげて、凧網を交差させ、凧が絡まったところで綱引きをして引っ張り合うという方法をとります(詳しくはこちら)。

 


雨が強くなってきたので、合戦の会場を後にし、Eさんに「しろね大凧と歴史の館」につれて行っていただきました。ここは、日本全国と各国から収集した凧が展示されている、たいへん珍しい博物館です。


館内では、翌日からの大人の大凧合戦の凧を製作中でした。


大凧合戦の凧。


大凧合戦で使われている凧綱。各組で綱の縒り方が異なります。


日本全国、世界各国で収集された凧。これは山口県下関の「ふぐ凧」。かわいい。


これも、凧。


これも、凧!


これも、凧!


日本には、世界には、こんなにいろいろなデザインの凧があるのか!と驚きっぱなしでした。これだけの凧を収集した博物館の皆さんにも脱帽でした。


いいものをたくさん見させていただいた一日でした。Eさんと再会を約束して、新潟をあとにしました。

2015年5月17日日曜日

本日のいけばな

自由花


こちらは私の作品。


こちらが先生に直していただいたもの。左の葉のひと添えで、空間がぐっと広がりました。
たった1枚の葉なのですが、こんなに変わります。自由花は自由なだけに奥が深い。




2015年5月2日土曜日

東海交通事業城北線

東海交通事業城北線に乗ってきました。

営業キロ(片道): 枇杷島~勝川 11.2km


城北線の特徴: 全線がものすごく高架で眺めがよい。終点の勝川駅はJR勝川駅と妙に離れている。初乗りが230円。1時間に1本、1両の非電化の車両が走る。でも線路は複線。1991年開業。

鉄道会社のHP: http://www.tkj-i.co.jp/johoku/

・・・昔から、列車が通るところをほとんど見たことがなく、一体何のための路線なのかずっと気になっていました。鉄道会社のHPには、城北線の歴史らしき記述は見当たりません。ウィキペディアに、歴史の記述が少しありました。元は貨物路線で、拡張しようとして財政難で工事が中断、ほうっておいても存続させても、JRの路線のままではお金がかかるので、JRの子会社が運行して、いちばんお金がかからないようにしているのが今の状態である…という事情のようです。しかしこの記述からすると、2032年にはお金が今よりかからなくなるようなので、その時には城北線も便利な路線に生まれ変わるかもしれませんね。



ーーーーーーーーー以下、ウィキペディアより引用ーーーーーーーーー         
瀬戸線は改正鉄道敷設法に「愛知県瀬戸ヨリ稲沢ニ至ル鉄道」として挙げられ、東海道本線と中央本線を結ぶ貨物主体の路線として計画された。1962年の鉄道建設審議会で敷設予定鉄道路線となり、名古屋方面と直通できるよう枇杷島駅との分岐線が追加され、瀬戸 - 高蔵寺間、勝川 - 枇杷島間が1976年に着工された。その他、中央本線高蔵寺 - 勝川間を複々線とする構想もあったためこの区間の用地買収も行われた。その後、財政難などから工事は中断され、国鉄分割民営化後は瀬戸 - 高蔵寺間を愛知環状鉄道が、勝川 - 枇杷島間を東海旅客鉄道が第1種鉄道事業路線として承継することになった。しかし、同社の路線として開業させた場合、約40年もの間(2032年に終了予定)年間49億円程度の借損料(賃借料、借りた物の消耗分の賃料。独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構法施行令第7条により規定)を鉄道建設・運輸施設整備支援機構に支払わなければならない上に、電化などの投資を行えば、その管理費も借損料に含まれることから、同区間を非電化で開業させた上で子会社の東海交通事業に運営させることとした。
ーーーーーーーーー引用ここまでーーーーーーーーー


まず、JRで枇杷島駅まで行き、城北線ホームへ向かいました。
土日祝日は城北線が全線乗り放題になる「城北線ホリデーフリーきっぷ」を買おうと、いちど枇杷島駅で改札の外へ出て買おうと思いきや、枇杷島駅では売らないとのこと。無駄な人件費はかけないということでしょうか。


仕方ないので改札を出ず、JRに乗ってきた分の清算もしないまま、ホームで列車を待つことに。


ICカードも非対応なのですね。設備にも極力お金をかけないわけですね。説明イラストもお金がかかっていなさそう。でも、どのイラストがどのカードを示しているのか、すぐ分かりますね。


勝川行きがやってきました。


車体は新潟鉄工所製です。


車内で「城北線ホリデーフリーきっぷ」を買う際に、「JRまでICカードで来て、そのまま清算していないです。」と告げると、こんな紙を一緒にもらいました。もろもろの処理は最後に降りるJRの駅で、事情を話してやってもらいなさい、というしくみなんですね。


こちらがホリデーきっぷです。


車内はこんな感じです。程よい硬さでなかなか座りやすいシートです。


尾張星の宮駅。この駅名を本日生まれて初めて聞きました。
近くのビール工場の見学に行くとおぼしき親子連れが数組降りていきました。


眺めはとてもよいです。


15分強で、終点の勝川駅に到着しました。




とりあえず下車してみることに。JR中央線勝川駅までは専用通路がありますが、徒歩5分以上は余裕でかかりました。乗換駅といってよいものか微妙です。こんな通路があるのなら、あともう少し延伸すればよいのに・・・。




勝川駅から、今度は反対方向の列車に乗り、小田井駅へ。


こうして駅を見上げると、無駄に高架ですね。ちなみにここから名鉄上小田井駅までは600mくらいあり、わたしは乗り換える気になりませんでした。



枇杷島駅到着。枇杷島で改札を出る人には、こんな切符が配られました。これで自動改札が通れます。



「乗れば乗るほど謎がつのる」城北線でした。