2013年2月11日月曜日

BIRKENSTOCKのブーツ

10年前に購入し、愛用していたBIRKENSTOCKのブーツのかかとがだいぶ磨り減ったので、ソールごと交換してもらおうとお店にもって行きました。

ところが、ショップの店員さんいわく、BIRKENSTOCKはブーツをもう生産・販売しておらず、ブーツのソールももう取り扱いがなく、修理ができないと言われてしまいました…。ソールが特殊なため、一般的な修理屋さんでは対応してもらえないので、万事休す。

10年は長すぎました。店員さんですら、BIRKENSTOCKが昔ブーツを取り扱っていたことを知らなかったようで、「こんなブーツがあったんですね。」と私のブーツをしげしげ見つめていました。

これがそのブーツです。2002年頃、渋谷のBIRKENSTOCKで購入しました。日本のブーツは底が薄いものが多く、デンマークでは寒さに耐えられないものが多いですが、これは見事に耐えてくれました(もともとドイツの靴なので当たり前か?)。この写真だと分からないですが、かかとの後ろが磨り減りすぎて、ソールの空洞部分まで達してしまい、ある日突然ボコッと穴が開き、突然不安定な靴になってしまいました。革はまだまだしっかりしていて、いい感じにこなれているので、もうちょっと履きたかったのですが・・・もっと早く修理しなかった自分が悪いです。

最後のあがきで、カスタマーセンターに相談して、それでもダメだったら運命です。今期で思い切って捨てます。

2013年2月10日日曜日

Quater Reportの布でキッチンの目かくしを作ってみた

以前から、キッチンの棚が丸見えで、何とかしたいなあと思っていました。酒だの米だの丸出しです。そこで、目隠し用の布を縫うことにしました。せっかくなので、我が家のクッションやスリッパとおそろいの柄にしようと思い、Quater Reportの布を買いました。


愛機「brother SENSIA600」出動。大学生のときにバイトのお金をはたいて買いました。以来、ほつれなおし、パンツのすそ上げ等に活躍してくれています。15年のおつきあいです。


縫い縫い。目隠し布なので、単純にラックの寸法を測って布を買い、布を四角く縫ってラックの上から被せればいいのですが、それでは布が落ちてきてしまいます。そこで、今回は布の端に紐をとりつけて、その紐でラックに固定できるようにしました。


こんな感じです。この紐を1本1本つくるのが、かなり面倒くさかったです。


ひもをこうしてラックの端にしばって固定しまして、


完成です。

2013年2月9日土曜日

粟国島のもちきびかりんとうが非常においしくてどうしよう

沖縄・粟国島の「もちきびかりんとう」を買いました。袋を開けたが最後、なくなるまで手が止まらなくなりました。味はプレーン、粟国の塩味、黒糖の3種類。150g、420円。買う際に3種類試食しましたが、私は断然、プレーンをおすすめします。


パッケージの裏には「粟国島の特産品が皆様から愛され、育てられますようお願い致します。」とあります。すっかり愛してしまいました。次はもっと大量買いします・・・。


ああ、どうしてももう一袋ほしい。と思っていたら、AMAZONでも買えました。これでもう安心。

2013年1月24日木曜日

本日のいけばな


自由花
すみません、ガーベラ以外は何の花か忘れました


2013年1月18日金曜日

東京の象徴

東京には最近、私が上れなかったスカイツリーなど、新名所ができています。それ以前にもディズニーリゾート(厳密には東京ではないですが)、東京タワー、東京駅など、キャッチーな場所がたくさんあり、子どもの頃に目に焼き付けたら、きっとそれが、その子の東京の象徴として、定着するのかなと思います。

ちなみに、私の心の中にある東京の象徴は、

これ ↓ ではなくて、その近くにある、


これ ↓ です・・・。麻布台の飯倉交差点にあるNOAビルです。


親が東京に単身赴任をしていたため、私は小さい頃に何度か東京に行ったのですが、父母がわが子に見せてくれる東京は、後から検証するとかなりマニアックでした。

【例】
1983年
「ひろい場所で、ピンクや水色の服を着たお姉さんたちと写真を撮った」
=代々木公園のたけのこ族

1989年
「電気屋さんがいっぱいあるところへ行き、暗くて狭い場所に連れて行かれ、細かい部品がたくさん売っているのを見た」
=秋葉原ラジオセンター


そのような状態で、唯一、電気屋さんの前に見にいった「これぞ」という名物が東京タワーでした。しかし、私にとっては、東京タワーから神谷町駅に向かう途中で見てしまったNOAビルのほうが衝撃でした。入り口がやたら大きいわ、ビルは黒光りしているわ、なんだか位牌のような形をしているわで、とにかく小学生の私にはNOAビルが不気味でしょうがなかったわけです。この日から、私の中では「東京といえばNOAビル」になってしまいました。その後、大学生になり東京で一人暮らしをはじめ、そのまま埼玉で社会人になりましたが、その間、時折NOAビルを見に行っていたほどでした。

調べてみると、NOAビルは1974年竣工で、設計者は白井晟一さんという方だそうです。74年にあんなビルを建てたその感性が斬新だなあと思います。そして、竣工から15年たってから、子どもだった私に忘れられない強烈な印象を与え、今も印象を残し続けているのですから、すごいです。

そして東京を離れ何年もたち、先日、神谷町へ出張したとき、NOAビルをちらっと見ることができました。それが前掲の写真です。なんだか「NOAビルも年をとったなあ」という印象を持ちました。あんなに不気味だったはずなのに、なくなったら寂しいなあと思いました。